AIと協働するメンタリング:信頼と倫理を揺るがさずにAIを活かすには
- MIDORI HARA

- 2025年12月18日
- 読了時間: 11分
AIが急速に進化する今、メンタリングに必要なのは技術ではなく “協働の設計” です。本稿は、AIを業務や人材育成に取り入れ始めたマネジャーやメンターに向けて、人が軸を保ちながらAIを活かすための、静かな視点と成熟のヒントをまとめました。
🟦 はじめに
AIと向き合い始めて数年が経ちました。便利さに驚き、戸惑い、静かに距離を測り続けてきた時間でもあります。初めて触れた頃は、AIが提示する “もっともらしい即答” に揺さぶられたこともありました。
しかし、AIがどれだけ進化しても、対話や支援の中心には「人」がいる──その実感は、むしろ年々強くなってきました。
AIをどう活かすかは、技術ではなく “姿勢” の問題なのだと思います。判断や意味づけ、関係性を育む営みは、人だけが担える仕事です。だからこそ、AIに期待しすぎず、排除もしない、適度な距離感が欠かせません。
本稿では、AIと人が協働する時代に、メンタリングがどのような姿で成熟していけるのか──私自身の気づきと実践から、静かに考えてみたいと思います。
🟦 AIへの過度な期待と誤解を静かにほどく
AIが提示する答えは、しばしば「正しそうに見える」形で整っています。そのため、つい判断を委ねたくなる瞬間があります。
しかし、AIが返す言葉はあくまで “可能性の一つ” であり、そこに含まれるニュアンスや背景、意図をAI自身が理解しているわけではありません。この “誤解しやすさ” こそ、最初に丁寧にほどいておく必要があります。
第一に、AIは文脈を深く理解しているわけではありません。
蓄積された情報からパターンを予測しているに過ぎず、人の経験則や価値観、揺れを踏まえた意味づけは担えません。そのため、AIの答えが「的を射ているように見える」ほど、鵜呑みにせず、一歩引いて眺める姿勢が欠かせます。
第二に、AIは揺れのない存在ではありません。
同じ問いでも、状況やわずかな言い回しの違いで応答が変わることがあります。この “一貫性の揺らぎ” を知らないまま依存すれば、支援の方向性がぶれたり、判断そのものが不安定になる可能性があります。
第三に、AIは感情を持たないがゆえに、人の本音や葛藤を受け止める力はありません。
傷つきやすさ、迷い、沈黙といった非言語のサインは、AIには読み取れない領域です。ここを理解しないままAIを使えば、支援の質が“表面的なやり取り”にとどまってしまうリスクがあります。
AIを活かすためには、まずこの誤解をほどき、AIが担える役割と担えない役割を正しく理解すること。それが協働の第一歩になります。
🟦 AIと人のあいだに生まれる“揺らぎ”を見つめる
AIをメンタリングに取り入れるとき、最初に生じるのは “期待” ですが、その裏側には、気づきにくい “揺らぎ” が潜んでいます。
AIが提示する答えは速く、整っていて、一定の安心感を与えます。しかし、その心地よさが、判断を委ねたくなる誘因にもなり得ます。
一つ目の揺らぎは、信頼の揺らぎです。
AIの即答は、人よりも“正しそうに見える”ことがあります。しかし、速度と正確さは別物であり、即答が最適解とは限りません。ここを誤解すると、人の言葉よりAIの言葉に重みを置くという、本末転倒の状態が起こりかねません。
二つ目は、倫理の揺らぎです。
メンティの悩みや背景には、時に極めて繊細な情報が含まれます。その扱いを安易にAIへ委ねれば、意図せぬ形で情報を広げてしまう可能性があります。技術的に安全であっても、“扱う姿勢” が倫理を左右します。
三つ目が、関係性の揺らぎです。人の対話では、速度よりも “間” や “沈黙” が深い意味を持つことがあります。しかし、AIはその“間”を扱えません。
AIの速さがもたらす即答は、メンティにとって心地よい一方で、その心地よさが本質的な探求を妨げる可能性があります。
0と1の処理では扱えない微細な領域――迷い、揺れ、ためらい、価値観の背景といった、人が成長するための “間” が抜け落ちるのです。
とくに、即答=最適解だと誤解すると、自分で考え、判断し、選ぶ力の育成が弱まるリスクすらあります。
AIが早く答えることは正しいことではありません。むしろ、AIの答えが “正確に見える” ことが、人の思考停止を誘発する場合があるからです。
メンタリングの目的は、メンティが自らの問いと向き合い、考え、判断し、行動できるようになること。 そこが揺らぐような使い方は、本質から外れてしまいます。
AIと協働するうえで必要なのは、AIの答えを “選択肢の一つ” として扱い、その背景を読み解き、意味づけるのは人の仕事だという視点です。揺らぎの存在を理解することで、AIを使う姿勢そのものが整っていきます。
🟦 それでもAIを“活かす”という選択:静かな可能性
AIには限界がある──それは揺るぎない事実です。それでも、AIをメンタリングに “活かす” 選択には大きな価値があります。なぜなら、AIには不完全でありながらも、人にはない特性があるからです。
第一に、AIは ”思考の補助線” として働きます。
膨大な情報を瞬時に整理し、論点を可視化し、別の視点を提示してくれる。これは、人が混乱しているときほど有効で、初期の対話をスムーズにする力を持っています。ただし、ここで重要なのは「整理はできても、意味づけや感情の扱いは担えない」という点。情報を並べるところまではAI、人の成長につながる解釈と内省は人──この役割分担が “協働” の出発点になります。
第二に、AIは “偏りのない仮説” を提供できます。
人は過去の経験や価値観に影響されがちですが、AIは別の角度からの可能性を示すことがある。ただし、その仮説が正しいとは限らず、必ず人が吟味し、選び取る工程が必要です。AIは判断者ではなく、あくまで選択肢を広げる存在に過ぎません。
そして何より、AIを活かすという選択は、「メンタリングの中心に人間性を置き続ける」という意思でもあります。 AIを過大評価して代替を期待すれば、関係性は崩れます。逆に、補助として適切に配置すれば、対話を豊かにする可能性が静かに広がっていく。
協働とは、AIを “頼りすぎず、軽んじず”、目的に応じて最適な距離を保ちながら使い分ける姿勢です。
AIの価値とは、完璧さではなく“使い方の質”に宿ります。だからこそ、メンタリングにおけるAIの役割を見極めることが、人の成長を支えるための鍵になっていくのです。

🟦 倫理と信頼を揺るがさずにAIを活かす実践ガイド
AIをメンタリングに取り入れるときに最も注意すべきなのは、便利さの陰で “信頼” と “倫理” が静かに揺らぎやすいという点です。
メンタリングは、人が人を支える営みであり、その中心には必ず「人の判断」と「関係性」があります。ここでは、支援する立場にある人が押さえておきたい実践的な視点を、少し丁寧に掘り下げてみたいと思います。
① 情報の扱い:どこまでAIに委ねるかという境界線
メンティの情報は、時にその人の価値観や人生の背景に関わる繊細な情報です。AIに提供する際は、その扱いがシステム任せにならないよう注意が必要です。
どこまで共有し、どこから先は人が扱うのか──この境界線を自覚的に設けることが、倫理の第一歩になります。境界が曖昧なまま進めれば、メンティの信頼に影を落としかねません。
② バイアスと “一貫性の揺れ” を前提にする姿勢
AIは中立ではありません。学習データに引きずられ、思いがけない偏りを見せることがあります。また、一貫した人格を持たないため、似た質問でも異なる応答が返ることがあります。
この “揺れ” を前提にしないままAIの言葉を採用すれば、支援の方向性そのものがブレてしまうこともあります。必要なのは、AIを疑うのではなく、“鵜呑みにしない態度” です。
③ 判断は委ねない:最終責任は人にあるという原則
AIは選択肢や仮説を提示できますが、それをどう扱うかは人の仕事です。一見もっともらしい応答も、本当にメンティの成長につながるかは別問題。即答の中に “気持ちよさ” が含まれる場合ほど、慎重な吟味が欠かせません。
判断をAIに預けないことは、メンターとしての誠実さを守る行為でもあります。
④ AI利用の透明性:知られざる使用は信頼を損なう
メンティに知らせないままAIを使うと、たとえ善意でも関係性の根が揺らぎます。「整理の補助としてAIを使っています」「別の視点の洗い出しにAIを利用しています」といった小さな説明が、信頼の土台を支えます。透明性は、技術の問題ではなく態度の問題です。
⑤ 対話の中心は “人” に置く:揺るがせない原則
AIは便利ですが、感情の揺れや価値観の微細な差異を扱う力はありません。人の成長に関わる深い対話では、ためらい、葛藤、沈黙といった “間(ま)” が重要です。AIはそこに触れられません。
だからこそ、AIは中心ではなく補助線であり、対話の軸は常に人に置く必要があります。
⑥ 信頼への影響を定期的に点検する:依存の芽に気づく
AIがどれほど便利でも、知らぬ間に依存が生まれれば、人と人の対話が薄まり、深い理解が損なわれます。「AIが支えているのか、それとも置き換えつつあるのか」この視点で定期的に振り返ることが、関係性を健全に保ちます。
AIの価値は能力そのものではなく、“人がどう使うか”という態度に宿ります。 人が軸であることを揺らがせず、AIの補助線を穏やかに取り入れること。それこそが、これからの協働を支える静かな成熟だと感じています。
🟦 確認可能なAI活用実例(2025)
AIをめぐる議論では、成功例が誇張されがちですが、実際に確認できる事例はごく限られています。ここでは、AIが単独で成果を出すのではなく、人の判断を支える補助として使われている実例 を三つだけ取り上げます。
① Google:キャリア開発におけるAI支援
Googleでは、社員がキャリアの方向性を考える際、AIが関連スキルや学習テーマを整理し、選択肢として提示する仕組みがあります。最終判断や意味づけは人が行う前提で、AIは視点を広げるための補助線として使われています。
② Coursera:学習コースの推薦AI
Courseraは、受講者の行動データから、学習内容や次のステップをAIが推薦する仕組みを持ちます。ただし、AIの提案はあくまで候補であり、どれを選び、どう学ぶかは受講者自身が決める設計になっています。ここでもAIは“導く”のではなく、“広げる”役割に留まっています。
③ 医療画像診断AI:医師判断を補助するモデル
医療現場では、画像診断を支援するAIが活用されていますが、AIが最終診断を行うことはありません。医師がAIの結果を参照し、必要に応じて疑いの視点を加える補助ツールとして使われています。
これらの事例に共通するのは、AIが中心ではなく、人が軸であること。 そして、AIが成果を生むのではなく、人の判断と専門性を “支える形” で機能しているという点です。メンタリングでAIを活かす際も、この姿勢が大切になります。
🟦 2025年12月の現在地としての静かなReflection
AIと向き合い始めてからの数年は、期待と現実のあいだを行き来する旅のようでもありました。AIの即答が心地よく感じられる瞬間もあれば、その答えが本質から外れていることに気づき、立ち止まる場面もありました。そのたびに、「人が人を支える営み」の意味を、あらためて考えさせられてきました。
メンタリングにおいて、AIができることは限られています。しかし、限られているからこそ、人の判断や関係性の価値がより鮮明になります。AIが弱い領域は、人が強みを発揮できる領域でもある――そんな当たり前のことを、私はAIとの対話を通して静かに学んできたのかもしれません。
AIを排除するのでも、過度に頼るのでもなく、補助線として適度な距離で活かす。
人のメンタリングが難しいのは、相手の感情を受けとめながら、自分の価値観や感情をいったん脇に置き、ニュートラルで関わる必要がある点です。
その “余白” を保つことは容易ではなく、そのため、AIが提示する別の視点が、ときに自分の思い込みをほぐし、支援の質を整える助けになることがあります。
その姿勢にこそ、“協働”の本質が宿ります。
AIに委ねられない領域への理解が深まるほど、人として関わる場面がいかに豊かで、責任を伴うものであるかが見えてきます。
2026年を迎える今、私は以前よりもバランスをうまく取りながらAIとの距離を測れるようになってきた気がします。
人の成長を願い、対話を積み重ねていくという原点は揺るがないまま、そこにAIという “補助線” がそっと寄り添う未来を、少しずつ描けるようになってきました。
🟦 まとめ
協働とは、互いが完璧ではないことを静かに認め合い、それぞれの強みと限界を補い合う姿勢です。
メンティだけでなく、支援する立場にある人も、AIとのやり取りを通して視点が広がり、学び直す機会を得ます。そしてAIもまた、人からのフィードバックや適切な入力がなければ、進化も改善もできません。協働は、片方向では成り立たないのです。
AIは、人の思考を映し出し、整理し、別の角度を照らす “補助線” になり得ます。その存在が、対話の質を高める可能性もあります。ただし、判断や意味づけ、関係性を育む営みは、人にしか担えません。
来年に向けて、人が軸であるという前提を大切にしながら、AIとの相互補完をどのように設計していくか。
その姿勢こそが、メンターとメンティ双方の成長を支え、対話をより豊かにしていく静かな成熟だと感じています。
※ 2025/12/18付本記事は、noteで公開された下記記事の更新版です。
2025/04/22付『AIと人間が協働するメンタリングの進化する可能性:相互補完と倫理的課題への継続的取り組み』▼
2023/04/23付 『AIと人間が協働するメンタリングの新たな可能性:相互補完と倫理的課題への取り組み』▼

コメント